街の広場には中央で佇んでいる人や、忙しなく歩いている人がいた。シイはその中央あたりに立ち止まると、懐から先ほどの紙に目を落としている。
「最初はお肉かしら」シイは大きな通りを進もうとしていた。
「そうなんだが、その前にこっち」
シイは少しの間立ち止まっていたが、何も言わず早足で隣に並んで路地に入った。
細い路地を進むと、ぱさぱさした匂いが漂ってきた。やがて一軒のパン屋の前にたどり着いた。窓越しに女性と店主の男が話をしているのが見えた。
「いないみたいね」
「そうだな」
シイも横で窓の中を覗いていた。彼女は窓から顔を離し、紙を返してきた。
「アンさんに何か用だったの?」
「……、まあ用といえば用」
「待つ?」
「いや、いい。行こう」
来た道を戻ろうとすると、袖を引っ張られた。
「ちょっと待って」
シイはまた窓を覗き込んでいた。
「……知らないパンが置いてある」
店主の前には茶色いパンがたくさん並べられているのが見える。
「どれ?」
「あの真ん中の」
シイは右手につけたブレスレットを揺らした。細い指が指し示す先には、シイが好きそうなパンが置いてある。彼女は口元に指を当てる。街は家を出たときより赤みが増している。
「買ったらいいんじゃないか?」
扉を開けようとしたら、それは触れる前に勝手に開いた。中から濃い匂いとともに、さっき見た女性が袋を持って出て来る。女性はこちらを向いて小さく会釈した後、ゆっくりと歩いて行った。その時、後ろから名前を呼ぶ声が聞こえた。扉は手の前で完全に閉まってしまった。 振り返ると、そこにはかごを持った女性が立っていた。
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